ネパール学校建設・LENP計画(Ⅰ)
投稿者 神谷欣吾 投稿日 2017年3月21日
《高校生が自分の頭で立案し、自分の足で実行し、自らの手で最後まで完成させる国際貢献》のクラブ活動は出来ないだろうか・・・・・!?
2000年春のことでした。当時のICC・国際協力クラブの部長上野正人君からの突然の提案には正直びっくりしました。それまでICCは、様々な分野で国際的なNGOの活動に参加ししてきて多くの外国人の友人がいましたが、さすがに高校生と提携してのNGO活動をイメージする団体はありませんでした。その中で唯一、その突拍子もない申し出を真剣に考えてくれたのが、ネパールの『コピラ・ネパール』というNGOでした。日本国内のイベントで知り合った『コピラ・ネパール』のプラカシュ・ワグリさんとメールで何度もやり取りするうちに、ネパールの辺境の学校のない村に小学校を建設する!というプロジェクトが出来上がりました。ICCはその年の生徒総会にこの計画を提案し、次に学校法人安城学園90周年記念事業に立候補したところ意外にも正式に採用されて、『ネパール学校建設・LENP計画』がスタートすることになりました(LENP=Love Educated Nepal Project)。
それからのICCの生徒たちの活躍は目覚しいものがありました。日本在住のネパール人留学生からレクチュアを受け、文化祭で生徒会と共催の「ネパール児童生徒絵画展」を敢行し、校内のみならず、あらゆる機会に学校建設の募金活動を展開しました。では具体的にネパールのどの場所に学校を作るのかという段階に至った時、ICCの生徒たちがいった言葉が、
「ネパールへ行くっきゃない!」
でした。こうして、2001年3月、ICC部員・城西及び安城学園生徒会役員を含む総勢14名で、第1次LENPツアーが敢行されました。学校建設候補地の4つの村を巡るツアーは極めて苛酷な旅でした。カスキ郡ラハチョーク村を訪れた時、生徒たちは、竹の支柱と工事用の青いビニールシートだけの<学校>で学ぶ子どもたちに言葉にならない衝撃を受けたのでした。 (第1部 おわり)
カスキ郡ラハチョーク村ジャナ・ジャガラン小学校で(第1次LENPツアー)
タナフン郡マジラン村・ジャナ・ジャウクマーリ小学校(第1次LENPツアー)
編集者追記
このシリーズは、神谷先生にお願いして、毎月月末に定期連載をいたします。草創期からの苦労と成し遂げようとする若い命の輝きを記していただけるものと思っております、次号もお楽しみにお待ちください。